群馬のヨガ教室・出張ヨガ 楽々フィットネス萩原組

https://www.mizue-f.com/
前橋市のカルチャー教室『楽々フィットネス萩原組』 お手軽なヨガ、ピラティス、エアロビクス、ボクササイズで楽しく汗を流しませんか? まずは体験レッスンでお試し頂けます♪

2014年11月アーカイブ

ヒューマンロスとペットロス その2

二人を姫と海(かい)と名付けました。

2011年、東日本大震災があった年の11月17日に姫が亡くなるまで私たちは仲よく暮らしました。
姫は3日間昏睡状態の末に亡くなりました。
かなり衰弱していたので覚悟のようなものはありましたが、別れはつらいものでした。
ミータのお墓の隣に埋葬しました。

そして訪れた海との別れですが海とは別れた気がしないのです。
私のために命をまっとうしてくれました。
最後の20日余りは私のためにがんばってくれました。
どんなに体力がなくなってもそそうをしたり、私の手を煩わせることは1度もありませんでした。
そして、私の帰りを待って、息をひきとりました。
感謝しかありません。

これまで、大事な人との別れを何度も経験しました。
20歳の時の母の死は、私の人生に大きな影響を与えました。
30歳の時に生後半年の子供を亡くしました。
父も亡くしました。
ミータと姫と海を亡くしました。

これまではただつらい、悲しい、さみしい、だけでしたが、海は私に多くのことを教えてくれました。
学び、気づかせてくれました。

ネットでみつけた本です。

DSC_0673%20%28340x187%29.jpg

『ペットたちは死後も生きている』 は有名な古典でイギリスの動物愛好家で霊能者の著書です。
動物も人間も死ぬということは、肉体を脱ぎ捨てて違うかたちになって永遠に存在するという説は、科学的にも根拠があるようです。
『ありがとう。また逢えるよね。』の著者の横田さんは、子供の時に飼っていた猫が虐待死したのをきっかけに、多くの伴侶動物、特に猫を看取りました。
交通事故にあい、路上にそのままにされている猫たちを自らの手で看取りました。
動物たちにお経をあげたいという強い思いから僧侶になりました。
「出逢うべくして出逢う。一瞬たりとも早すぎず、一瞬たりとも遅すぎず」
「愛情の絆がある者同士はいつの世でも出逢うことになるのです」

犬の大量放置、虐待のほか、人間のエゴでたくさんのコンパニオンアニマル(伴侶動物)が処分されています。
現在ペットがいる人もペットを飼ったことがない人にも一読してもらいたい本です。

海だけ火葬したのは特別な理由があったわけでなく、狭い庭にお墓を作るスペースがなかっただけです。
お骨にして手元に残してよかったと今は思っています。

ヒューマンロスとペットロス

1998年12月31日、16年前の大みそかの夜、愛猫を亡くしました。
初めて飼った猫でした。うちの庭に迷い込んだ野良の仔猫でした。
眼が合った瞬間、その子を抱いていました。家族になりました。
それまで猫を飼ったことはないどころか、さわったこともありませんでした。
完全室内飼いでした。
当時、前立腺ガン末期で闘病中の父をわが家で自宅療養していました。
父と継母(実母は私が二十歳の時に他界)の二人で暮らしていましたが、継母一人では看護介護が大変なのでわが家で闘病していました。

今でもはっきり覚えている、晴れて暖かな大みそかの午後のこと。
継母が玄関を全開にして掃除を始めました。
「ミータ(愛猫の名)が出たら大変だから掃除なんかしなくていいから!」と私は怒鳴りました。
その時にはミータは外に出ていました。外に出たことがない子です。

それから1時間もしない時、ミータは家の前で、横たわっていました。
車にはねられたのです。
体は傷がまったくなく、きれいなままでしたが耳から血が出ていました。
抱きかかえて家のすぐ近くの動物病院に走りました。一緒に行った幼かった息子は裸足でした。
ミータは大きなつぶらな瞳で私をじっと見つめました。
数時間後に亡くなりました。わずか3歳でした。
1999年の元旦の朝、庭に埋葬しました。

私は重度のペットロスになりました。
摂食障害、睡眠障害・・・当時はあちこちのスポーツクラブなどでエアロビクスのインストラクターとして働いていましたが、手足が震えたり痙攣しました。
玄関を開けっぱなしにした継母に憎悪を抱きました。

ミータが亡くなった2か月半後、父が亡くなりました。
頑なな私とは暮らせないと、継母は実家に戻りました。

正直、ガンで11年闘病した父の死よりミータの死の方がつらかった。
このことについてはまたあとで書きます。

ペットロスで病人となった私に「もう1度飼えば可愛くなるから」と励ましてくださったのは、当時エアロビクスのインストラクターとして入っていた玉村町のフィットネスクラブの同業者=インストラクターの人でした。
彼女は子供がいないからという理由で、猫を、ヒマラヤンを子供のように慈しみ育てていました。
15匹くらいいると言っていました。
ブリーダーではなく、愛情を持ってそだててくれる人に託している、とも。

半年後の夜、フィットネスクラブの駐車場で彼女は小さな箱を持って待っていました。
「一人でいいのに!」と言ったら「二人の方がいいよ!」と彼女は言って私の車に箱を入れました。

小さくて真っ白な毛玉がふたつ。


1999年の夏のことです。

ヨガとは

11月27日

10年ほど前からヨガブームが始まり、今日ではすっかり定着したヨガですが、フィットネス的な側面ばかりがフォーカスされています。
ポーズをとることです。

本来ヨガは、パタンジャリ師による経典『ヨガ・スートラ』の8支則を実践することで、体、心、精神力などを強くしていくものです。

8支則とは守るべき8つの規則という意味です。
サマディに到達するためのステップです。

1.ヤマ(禁戒)  やってはいけないこと
2.ニヤマ(勧戒) やったほうがよいこと、やるべきこと
3.アサナ(座法)  体位法  ポーズのこと
4.プラナヤマ(調気法) 呼吸法
5.プラティヤハーラ(制感) 感覚をコントロールすること
6.ダラーナ(集中)心に積極的に働きかけることで1つの方向へつなぐ
7.ディヤーナ(無心) 無意識に1つの方向へつながった状態
8.サマディ(三昧) 瞑想が深まり集中の対象と一体となった状態

ヤマとニヤマは道徳。
5~8は1~4ができて入れる自分の内面世界です。

現在一般的なヨガスタジオで行われているのはアサナとプラナヤマです。私が行っているのも(-.-)
今後はもっと内面的なものに目を向けていきたいと思っています。
とは言えレッスンでは瞑想の時間さえとれないのが現実。
それに、「今日は1時間瞑想をします」と言ったらメンバーのみなさんはきっといやになってしまうでしょう。
無理がありますから個人的にやっていきたいと思います。

みなさんもフィットネス的側面=ポーズだけでなく、内面にも目を向けてみてください。

陰ヨガ INSIGHT YOGA

11月23日

陰ヨガ INSIGHT YOGA 腎臓と膀胱のセッションを行いました。

陰ヨガについては下に詳しく書いてありますが、力の抜き方 がわからないと陰ヨガはなかなか理解できず、効果も出ません。
日常的に運動をしている人は筋肉でポーズをしてしまう傾向があり、陰シークエンスにはならず『運動』になってしまいます。
これはアクティブなヨガにおいても同様で、呼吸で動き、呼吸でポーズをとるべきなのに、力でふんばってポーズをとります。
右脳が強い人も陰ヨガに入りにくいようです。
頭であれこれ考えるので、感覚を研ぎ澄まし感性で体を感じることができません。
心身が陽傾向にあり、陰陽のバランスがとれていないのです。

そのようなタイプの人こそ、ぜひ陰ヨガをおすすめしたいです。

今回どうしても都合がつかず参加できなかった方から、次回はいつですか?と聞かれました。
不定期開催なので未定ですが、基本的に第4日曜日の開催となりますので、今後参加を検討される方は頭にいれておいてください。

本日参加のみなさまはお疲れ様でした。
感想などフィードバックしていただくと嬉しいです。

陰ヨガ INSIGHT YOGA

陰ヨガは、ヨギーなら誰でも知っているであろうポール・グリリーさんが、師である本山博博士の哲学と経絡理論に基づき、世界中に広げられたヨガです。
サラ・パワーズさんはポールから学んだ陰ヨガをさらに探究してINSIGHT YOGA(洞察のヨガ)として日本に広めました。
私はサラ・パワーズさんのWS(ワークショップ)TTC(ティーチャーズトレーニング)を受けた6年前から陰ヨガを行ってきました。

改めて陰ヨガ INSIGHT YOGAについて説明します。

陰ヨガ INSIGHT YOGA は本山博博士や弟子のポール・グリリーによる経絡理論(道教から成る)陰陽五行説を取り入れたヨガです。

アクティブなヨガ(陽ヨガ)は筋肉を強くしますが、関節には多大な負荷がかかります。
人間は30代前半から体の各組織の水分量が減少します。
特に、関節内の滑液の減少で体のあちこちの関節の可動域が小さくなったり障害を起こしたりします。
関節の硬直や固定化を防ぎ稼働性維持には腱や靭帯に働きかける陰ヨガは大変有効です。
アクティブなヨガやその他のスポーツを安全に続けるためにもその効果は大きいのです。

もう1つの大きな効果は内臓の健康です。
内臓は経絡と密接につながっています。
14の主だった経絡があり、その中の12が正経です。
陰ヨガはヨガポーズにより、正経に積極的に働きかけます。

そしてサラ・パワーズさんは次のように述べています。

「今日、ヨガはピラティスやストレッチと並んでとらえられ、心のトレーニングという側面は端に追いやられてしまいました。
本来ヨガは体だけでなく、心と体を1つに統合するためのシステムなのです」

「人生のどの時期においても、腎臓のポーズから陰ヨガを始め腎臓のポーズでシークエンスを終えることをおすすめします」

腎臓は水の要素と密接につながり体内の循環をつかさどる全システムとつながっています。
腎臓の健康状態が、血液、循環器系、リンパ系、泌尿器系・・・などのシステムに大きく影響するからです。

23日日(日)の陰ヨガは腎臓・膀胱のセッションを行います。

二七日そして命日

11月17日

今日は海の二七日(ふたなぬか)です。
仏教では七七日=四十九日・満中陰までを中陰と言い、七日ごとの法要を行います。
七七日=四十九日=満中陰に次の世界に行くとされています。

そして姫の命日です。
海と一緒に生まれた姫は2011年11月17日18時30分に亡くなりました。
12歳と5か月半でした。
姫も私の腕の中で息をひきとりました。

とっても仲良しでいつも海が姫に甘えていました。

IMG_1030%20%28340x255%29.jpg

いつも二人で寄り添っていました。

DSC_0065%20%28340x191%29.jpg

姫が亡くなってから、海と私は互いに強く依存しました。

今頃二人は仲よく遊んでいるのでしょうか?

いいえ、海はまだ虹の橋を渡っていません。
ここにいるのです。
私のそばにいるのです。
ソファーの上に、コタツの中に、ヨガマットの上に。
昨夜はお風呂に入っているとき、いつもそうしていたように彼はお風呂マットの上で私を待っていました。

時々気配を感じます。
彼の気配を強く感じます。

初七日  そして虹の橋

11月10日

おとといは親友が泊りがけでお線香をあげに来てくれました。
二人で深夜まで弔い酒を呑みました。
彼女は酒豪で、私とサシで呑める数少ない相手です。
酒量はほとんど同じくらいなのですが、疲労がたまっていたのかこの日は彼女の方がずっと強かった。
焼酎1本と2/3くらい空きました。
友だちっていいな、としみじみ思いました。
彼女も腎疾患で闘病中の猫ちゃんがいるので、療養食やサプリメントなどを持って行ってもらいました。


海が亡くなった時間、本来なら仕事で家を空けているのですが、3日は祝日で施設が休館のため、日程変更になっていました。
私は11時に徒歩1分で行ける近所の歯医者に行きました。
帰宅したのがおそらく11時半ころだったと思います。
そして海が亡くなったのは11時46分。
これは偶然ではない!
海は私の帰りを待っていてくれたのです。
まちがいありません、私を待っていてくれたのです。


下の詩をインターネットで見つけました。



                     虹の橋


天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。

この地上にいる誰かと愛しあっていた動物たちは、
死ぬと『虹の橋』へ行くのです。
そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊ぶのです。
たっぷりの食べ物と水、そして日の光に恵まれ、
彼らは暖かく快適に過ごしているのです。


病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻すのです。まるで過ぎた日の夢のように。

みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があるのです。
それは自分にとっての特別な誰かさん、残してきてしまった誰かさんが
ここにいない寂しさを感じているのです。

動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。
でも、ある日その中の1匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝き、からだは喜びに小刻みに震えはじめます。

突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。 速く、それは速く、飛ぶように。あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしないのです。
幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する動物を優しく愛撫します。

そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込むのです。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日たりとも消えたことのなかったその瞳を。

それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです。


和訳:YORISUN


この「虹の橋」は、
 原作者不詳[Author Unknown]のまま、世界中の沢山の動物のサイトに伝わっている詩です。
 原文は英語ですが、古いインディアンの伝承にもとづいているもらしく、
 アメリカでも誰も作者を知らず、欧米のサイトを通じて広まっていったそうです。

 詩の内容は愛する動物達と別れても天国の手前に有ると言う
 「虹の橋」でまた再会して、一緒に虹の橋を渡り共に天国に行く!という内容です。

 そして、「虹の橋のたもと」では、
  愛された事無い動物達がやはり愛を知らなかった人と共に
 「虹の橋」を一緒に渡るお話です。

 この「虹の橋」の詩に共感を持った世界中の動物を愛する多くの人達によって、
 様々な国の言語に翻訳されインターネットを通じて世界に伝えられております。

  最後に、我が国では年間約65万頭もの捨て犬や捨て猫が、
  安楽死され「処分」されている.。・・・・・・・・・ 現実があります。
 
 
 心のオアシス(Oasis of the Heart) 著 YORISUN

萩原 海   永眠しました。

11月5日

DSC_0644%20%28191x340%29.jpg

11月3日 午前11時46分 萩原 海 永眠しました。
15歳5か月でした。 

2日前から、いつも通りスプーンでご飯をあげても、口に含んだまま飲み込まないことが多くなりました。
前日には全く食べようとしなくなり、お水も飲まなくなりました。
キドナ(腎疾患用消化態経腸栄養食)をシリンジに入れて飲ませました。
2時間くらい後に嘔吐しました。
嘔吐は尿毒症末期の症状です。
お水もシリンジで与えましたが、いやそうで無理やり飲ませました。
部屋の中を歩き回るほど回復していたのに、足元もかなりふらつき、横たわったままのことが多くなりました。
厳しい状態になったと思いました。
尿毒症がかなり悪化したと思いました。

3日の朝シリンジでキドナを与え、海はケージの中で休んでいました。

11時40分頃、急に呼吸が苦しそうになりました。
ケージから這い出て、身の置き所がないようによろめきました。
ただならない様子を直感しました。
海を抱きしめて撫でました。
オシッコが私の脚に流れました。
枝豆くらいの小さいウンチが出ました。
海は口を開けて喘ぎました。
その時が来た、と感じました。
さらに強く抱きしめました。
私の腕の中で海は黄泉の国へ旅立ちました。
その瞬間、海が私の中に入ってきたのを感じました。

よくがんばったね、今までありがとう、と何度も何度も言いました。

その夜は隣で寝ました。

4日の午後、メモリアルパークで荼毘に付しました。
小さなお骨になって大好きな家に帰ってきました。

DSC_0645%20%28340x191%29.jpg

10月15日に一時意識がなくなってからの闘病生活。
24時間点滴、血液検査はつらかったけど、毎日~2,3日に1度の通院はいやがらずに行ってくれました。
私が与えるご飯をいつも全部食べてくれました。

1日でも、1分1秒でも長く一緒にいたいという私の思いは彼に通じていました。
海は一生懸命がんばってくれました。


でも機能を失った腎臓は戻ることはないのでした。
尿毒症で体中の臓器は、もう限界にきていたのでしょう。

賢くプライドのあるコでした。
亡くなる直前まで、ふらつく体でトイレに行きました。
ベッドのすぐそばにあるトイレに、這って行きました。
立ち上がることができず、腹這いのまま用を足しました。
用を足した後も立ち上がることができず、抱いてベッドに寝かせました。


15年5か月、私はたくさんの愛情を海にそそぎました。
鼠蹊部と腋窩のリンパマッサージ、お腹の「のの字」マッサージとまぶたの上のマッサージを毎日しました。
特にまぶたの上のマッサージは大好きでした。
耳と鼻のお手入れも毎日していました。
毎食後、歯茎を磨いていました。

海は私の愛情にいつもいつだって答えてくれました。
わたしの言葉を理解していました。
私が呼べば来ました。
帰りを出迎えてくれました。
一緒にお布団で寝ていました。私の枕に頭を乗せて首までお布団をかけて寝ていました。

つらいとき、苦しいとき、いつもそばにいてくれました。


でもさみしくない。
海は私の中にいるから。